2016年04月28日

ピナレロのお掃除しました


走行距離が200キロを超えたのでピナレロのお掃除をしました。

手順はいつもの通りスタンドを使って


DSC_0665.JPG


MINOURA(ミノウラ) ワークスタンド [W-3100] スチール


スプロケもチェーンもかなり汚れております。


DSC_0666.JPG

DSC_0667.JPG


これをウォッシャー液と歯ブラシで丹念に汚れを落としてゆく。

手順はいつもと同じなので省略します。気になる方は下記のリンクで

本日はピナレロの洗車しました 2015年5月30日

この画期的なスプロケ分解ツールだけ載せておきます


DSC_0668.JPG


おおっ、汚れを落としてピッカピカになったスプロケの光沢に心癒されます


DSC_0674.JPG


チェーンも綺麗になりました。


DSC_0673.JPG


さあ、明後日はまた四万十に行こう。

ゴールデンウィークだから人が多いだろうなあ・・・


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posted by チャリダー詩人 at 21:36| Comment(0) | チャリンコメンテナンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

外界と繋がったままにして一人 


今読んでいる本

僕はなぜ小屋で暮らすようになったか 生と死と哲学を巡って (DOBOOKS) -
僕はなぜ小屋で暮らすようになったか 生と死と哲学を巡って (DOBOOKS) -

生きる意味と死の恐怖に煩悶しながら生きた著者の半生を哲学的な文章で綴った本です。裕福な家に育ち東京大学に通いながらもぼろアパート、路上生活をみずから選び最後にたどり着いたのが山小屋での生活。

この本のある一節を抜粋します。

都会にいながら「一人の時間」を確保するのは、そんなに難しいことではないかもしれない。喫緊の用事を済ませ、携帯電話の電源を切って、部屋の扉にカタリと鍵をかければ、何か思案に耽るにはとりあえず事足りる。

山小屋の「一人の時間」はそれとは少し異なる。部屋に鍵をかけ、外界を遮断して一人になるのではなく、外界と繋がったままにして一人なのだ。雑事を締め出し、雑念を追い払い、ようやく作り上げるかりそめの一人の時間ではなく、全体性を持った本物の一人の時間である。


この一節のなかの「外界と繋がったままにして一人」という部分に、わたしのチャリ旅のすべてが語られているように思ったのです。

孤独になりたい、でも孤独とは遮断ではなく逃避でもなく、ではなんだろう、人が嫌いではないが人に合わせる窮屈さから逃れたい、この気持ちをどう表現すれば誰かに良く伝わるだろうか・・・。

「外界と繋がったままにして一人」、この表現が最高です。


わたしはわたしのままで世界に触れて

世界もわたしに触れる

日差しを浴びた木々がきらきらと光って

わたしはずっとそれを見つめている

いつまでもいつまでも

飽きもせずにいつまでも佇んでいるわたしが滑稽でも

わたしはいつまでもわたしでしかない


テントの中で、薄い布きれ一枚が外界の冷たい空気と虫からわたしを隔てている。この瞬間にわたしが外界と繋がっているか否かは不明である。しかし不明であるがゆえにわたしは迷い恐れる、この迷いと恐れが肉体の声となって薄い布きれを透って、夜の闇のときに風にざわめく藪のなかに消えてゆく。


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