2018年01月29日

続帯広124日目 昨晩雪が降った チャリ旅哲学「プチ移住白書・ガスは微妙なライフライン」



今朝は9時半ごろ起きました


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晴れてました


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温かかった


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気温ベランダ 0℃ 10時測定


午前中はボーっとして


昼時になったら飯食いに出かけた


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昨晩はけっこう降ったんだなあ〜


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またペペサーレ行っちゃったよ


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「王様カルボナーラ生パスタ」はまだ飽きないようだ


そして灯油を買いに行った


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あと数日で車が来るので、こうやってカートで灯油を買いに行くのもこれで最後かなあ


午後からは家に帰って、コーヒーとエクレアでまったり


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今日はどこへも行かなかったなあ〜


夕方になって温泉に行きました



さて、今日のつぶやきです


-----チャリ旅哲学「プチ移住白書・ガスは微妙なライフライン」


ストーブ、ちゃぶ台、洗濯機の他にも、生活道具はこの部屋に少しある



電気炊飯器

コーヒーメーカー



入居時からの備え付けだが



ガスコンロ

瞬間湯沸かし器



そして



パソコン



電気炊飯器は「無ければちょっと不便なもの」になるだろう


わたしは米が好きなので、旅中も主食は米だった

でも旅中のように鍋でチロチロと米を炊くのは、生活のなかでは面倒だ、特に疲れて仕事から帰ったあとは


旅中に出来たことが、生活では出来なくなる典型的な例だ



コーヒーメーカーは来客があったときに二人分作るときに便利だ

でもほとんど来客はないので、ずっと使っていなくて埃をかぶっている



ガスコンロと瞬間湯沸かし器は入居時に備え付けてあったのだが、もし無ければ購入してたかも知れない


でもガスコンロはカセット式のを購入していただろうと思う、そうすればガスはカセットボンベで事足りるからガス会社と契約しなくてすむ

そうなれば、瞬間湯沸かし器は購入しないだろう、これだけはガス会社と契約しないと使えないから


瞬間湯沸かし器はあればすごく便利なのだが、無ければ無いなりにやり過ごせそうな気がする


冬はストーブの天板で常にお湯が沸いているから、それを上手く使えば洗い物にしても、手洗いにしても、多少面倒ではあるがお湯を使うことは出来そうだ


でも現在は月の基本料金2000円くらい払ってガス会社と契約している


その理由は色々あるが、まあ「せっかくあるんだから使っちゃおう、便利だし」ってことである


人間ってそんなもんだ、そしてそこまでガスの基本料を節約する必要性がいまは無いから



だからガスって、電気や水道に比べると微妙なライフラインなのである


原始的な生活をしたくなければ、電気と水道は必要になる、そしてそれを使うには電気会社と水道局に基本料金を払って契約しなければいけない

これはもうどうしようもない、現在では


ガスも必要であることに変わりはないが(オール電化の話しは無しだぜ)、ガスだけはカセットボンベがあるからガス会社と基本料金を払って契約しなくても、少し工夫すれば使うことはできる

ガスボンベは100円ショップで売ってるし、わたしの自炊での使用量なら、たぶん月3本くらいで足りるような気がする


---


便利と不便の境界線、お金の節約の必要性とその程度は



微妙である



これが旅中ならば選択肢がないから、迷うことがない


でも生活のなかには多くの選択肢があるから迷う



これが旅と生活との一番の違いである



便利になればなるほど、豊かになればなるほど



迷いも多くなるのである



迷いはときに悩みも連れてくるから厄介だ



旅は人生の断捨離かもしれない


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今日はこのへんでお開きにします


明日も休みです、もしかしたら明日車が来るかなあ〜


車が来たら色んなとこに行こう


冬の北海道を撮りにゆくのだ



ではまた



チャオ〜♪



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posted by チャリダー詩人 at 20:02| Comment(2) | 2018帯広2年目の春待ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月28日

続帯広123日目 −14℃な朝 チャリ旅哲学「プチ移住白書・人生にテレビはいらない その2」



今朝は6時10分ごろ起きました


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晴れておりましたが


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めっちゃ寒かった


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気温ベランダ −14℃ 6時半測定


モーニングコーヒー飲んで


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7時半ごろ迎えの車でバイトに行きました

今日の現場は士幌でした、かなりハードでした、疲れたよ

家に帰ったのは17時ごろ


Amazonからこれが届きました


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車に取り付ける「FMトランスミッター」です


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ちょっと高めだけどレビューが良かったので買ってしまった

実際に使ってからまた感想を書きます



明日から3連休ですが、今晩は飲みに行くのは控えようと思います


最近金使いすぎだし、寒いし、水曜日に飲み会があるかもしれないから


おとなしく家飲みしようと思います



さて、今日のつぶやきです


-----チャリ旅哲学「プチ移住白書・人生にテレビはいらない その2」


テレビが娯楽として情報源として、人々の欲求を満たしていた時代はあった

わたしもかつてはテレビが好きであった


だからその歴史は否定しない


わたしが好きな俳優もミュージシャンも、多くはテレビがあったこそ出会うことができたのだから



でも今は、この現代ではインターネットがある



情報も娯楽もすべて、インターネットがあれば望むものを望むときに見て知ることができる



大事なことはこの「望むものを望むとき」にである



テレビは「望まないものを望まないとき」に一方的に無意識的に押し付けられる


そしてそれらはすべて、スポンサー企業のフィルターを通ったものだ



ではインターネットの情報がすべて真実か、大企業の息がかかっていないものなのか、と問われれば



それはテレビに似て、多くは偽物で商業ベースのものだろうと思う



でもインターネットがテレビと異なるところは、「望むものを望むとき」ときに自らが選んでその情報を開くことにある



その情報が間違っている可能性は大いにあるが、でもそれは自らが選んで得た情報である

たとえそれが間違った情報だとしても、それを信じてしまった「責任」は、他でもない自分にあるのだ


その意味ではインターネットの世界はシビアなのである


でもその間違っているかも知れない情報に反する情報も得ることが出来るのがインターネットである、だからこそ選ぶ責任は自分にあるのだ



それがテレビだと、ある「素晴らしい」情報が放送されたあとに、その素晴らしさを否定するような情報はすぐにテレビ上で探すことは出来ない

その素晴らしい情報がくつがえされるのは、その情報がスポンサー企業にとって益しないものに変わったときだろう



その責任は誰がとってくれるのか



誰もとってくれない


テレビに追及しても「屁理屈」で逃げられるか、「時間の経過」で風化されるのがオチである



そして自分さえもその責任をとれないのである

なぜならそのテレビの情報を信じたのは自分だが、選んだのは自分じゃないから



ほんとうは、自分で責任をとれないということは悲しいことなのであるが、それを「楽」だと思わされてしまうのがテレビである



自ら選んでいるようで、実は選ばされていることが、人生においては多い



その「無責任な無意識」に、ときに笑顔で、ときに真面目な顔して一方的に語りかけてくるのがテレビなのである


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今日はこのへんでお開きにします


明日の朝はゆっくり寝られるね


今晩はちょっと多めに酒飲んで寝よう



ではまた



チャオ〜♪



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posted by チャリダー詩人 at 19:19| Comment(0) | 2018帯広2年目の春待ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする