2018年01月28日

続帯広123日目 −14℃な朝 チャリ旅哲学「プチ移住白書・人生にテレビはいらない その2」



今朝は6時10分ごろ起きました


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晴れておりましたが


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めっちゃ寒かった


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気温ベランダ −14℃ 6時半測定


モーニングコーヒー飲んで


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7時半ごろ迎えの車でバイトに行きました

今日の現場は士幌でした、かなりハードでした、疲れたよ

家に帰ったのは17時ごろ


Amazonからこれが届きました


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車に取り付ける「FMトランスミッター」です


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ちょっと高めだけどレビューが良かったので買ってしまった

実際に使ってからまた感想を書きます



明日から3連休ですが、今晩は飲みに行くのは控えようと思います


最近金使いすぎだし、寒いし、水曜日に飲み会があるかもしれないから


おとなしく家飲みしようと思います



さて、今日のつぶやきです


-----チャリ旅哲学「プチ移住白書・人生にテレビはいらない その2」


テレビが娯楽として情報源として、人々の欲求を満たしていた時代はあった

わたしもかつてはテレビが好きであった


だからその歴史は否定しない


わたしが好きな俳優もミュージシャンも、多くはテレビがあったこそ出会うことができたのだから



でも今は、この現代ではインターネットがある



情報も娯楽もすべて、インターネットがあれば望むものを望むときに見て知ることができる



大事なことはこの「望むものを望むとき」にである



テレビは「望まないものを望まないとき」に一方的に無意識的に押し付けられる


そしてそれらはすべて、スポンサー企業のフィルターを通ったものだ



ではインターネットの情報がすべて真実か、大企業の息がかかっていないものなのか、と問われれば



それはテレビに似て、多くは偽物で商業ベースのものだろうと思う



でもインターネットがテレビと異なるところは、「望むものを望むとき」ときに自らが選んでその情報を開くことにある



その情報が間違っている可能性は大いにあるが、でもそれは自らが選んで得た情報である

たとえそれが間違った情報だとしても、それを信じてしまった「責任」は、他でもない自分にあるのだ


その意味ではインターネットの世界はシビアなのである


でもその間違っているかも知れない情報に反する情報も得ることが出来るのがインターネットである、だからこそ選ぶ責任は自分にあるのだ



それがテレビだと、ある「素晴らしい」情報が放送されたあとに、その素晴らしさを否定するような情報はすぐにテレビ上で探すことは出来ない

その素晴らしい情報がくつがえされるのは、その情報がスポンサー企業にとって益しないものに変わったときだろう



その責任は誰がとってくれるのか



誰もとってくれない


テレビに追及しても「屁理屈」で逃げられるか、「時間の経過」で風化されるのがオチである



そして自分さえもその責任をとれないのである

なぜならそのテレビの情報を信じたのは自分だが、選んだのは自分じゃないから



ほんとうは、自分で責任をとれないということは悲しいことなのであるが、それを「楽」だと思わされてしまうのがテレビである



自ら選んでいるようで、実は選ばされていることが、人生においては多い



その「無責任な無意識」に、ときに笑顔で、ときに真面目な顔して一方的に語りかけてくるのがテレビなのである


-----


今日はこのへんでお開きにします


明日の朝はゆっくり寝られるね


今晩はちょっと多めに酒飲んで寝よう



ではまた



チャオ〜♪



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posted by チャリダー詩人 at 19:19| Comment(0) | 2018帯広2年目の春待ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする