2016年10月28日

長時間労働が悪だという風潮について



最近またブラック企業という文言がTVやネット上で騒がれ始めた

わたしは何であれ、メディアが扇動して騒がれているものはすべて疑うようにしている

一時はワタミが槍玉に上がって、今度は電通

電通は以前から闇の深い企業だと言われてきたので、大衆を騒がせるには格好のネタなのであるが

騒いでいる人たちは、ターゲットが誰であれ、政治家であれ、タレントであれ、犯罪者であれ、ブラック企業であれ、自分がその拷問台の回りで目を血走らせて罵声を浴びせ、石を投げている群衆の一人だという自覚を持つべきだ

誰だって見たことのある中世の絵画やそれを背景とした映画の、あのシーンを思い浮かべるべきだ

長時間労働を許している企業をブラック企業と名付けて悪だと非難しているが、大事なことを忘れてはいまいか

その企業で働いている人は、その企業を自ら選んで入ったのだということを

人間は自らが選んだことについて責任を持たなければいけない、残るのもバックレるのも、最終決定権はいつも自分が持っているのだ

すべての労働者が洗脳されて逆らえない状態で働かされていると思うのは、それはその労働者に対する侮辱ではなかろうか

休みもとらずに毎日遅くまで働いている人は、働くことが好きだから一日中働いているのかも知れないし、お金がたくさん欲しいから長く働ける仕事を選んだのかも知れないし

それなのにその労働者が無理強いされて働いているんじゃないかと思ってしまうその根幹には、詰まるところメディアの報道があるのではないか

原発労働者やウラン坑山の採掘員や、情報が公開されてないばかりに被爆してしまった労働者はその雇用主に対して怒るべきである

情報は公開されるべきである、情報を隠して労働者の身体を危険に晒す企業は非難されてしかるべきだ

でも今のブラック企業騒動はその問題ではなく、単に労働時間が長いというだけで非難されている

メディアで流れることが情報公開だと思うなかれ、むしろメディアは一部の情報を隠すことで視聴者に「分かりやすく」なるように情報を編集して流している

でもこの「分かりやすい情報」こそ疑うべきなのだ、真実は得てして複雑なもの、色んな要因が絡み合ってある現象が生まれたりする

分かりやすく、高揚的に、そうあの戦時中のプロパガンダフィルムそのものである、今の日本のメディア報道は

わたしは多様性を否定するものすべてを疑う、それがたとえ正義っぽく見えても

スローライフは善でも悪でもない、ただ生き方のひとつの選択肢である

長時間労働する人の生き方をハードライフとするなら、その生き方も無論善でも悪でもない、ひとつの選択肢であるだけ

人の心を自分勝手に忖度すべきではない、人はみな自分が選んだ人生に誇りを持って生きているのだ

その誇りを非難する資格など誰も持たないのである



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posted by チャリダー詩人 at 10:35| Comment(0) | チャリエッセー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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