2014年08月26日

旅の記憶 天険親不知 通るのは日曜日の午前中がおススメ



富山新潟を結ぶ北陸本線沿いに走る8号線。荒々しい日本海を望むその険しい崖上の道の最も険しい、かつてその道が出来る前はその難所を渡ろうとして多くの人が海に流された、天険親不知(てんけんおやしらず)。天険とは「天下一険しい」という意味でしょう。

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ここからスタートです。

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実はこの親不知、能登で会った若いライダーさんに「とても怖い道」だと聞いていましたので通るのを躊躇していました。傾斜があって細くてクネクネしていてトラックが異様に多い、日本一周していた初老の方が轢かれて亡くなった、自転車で通るのは危ないと。

しかしこれといった迂回路がない、ここを通らずに新潟へ抜けようと思えばそれこそ奥飛騨まで下りてゆかねばならない。完全に旅のルートが変わってしまう。そんな迷っている時に氷見の道の駅で出会った旅狂のMさんに「素晴らしい所だから絶対に行くべきだ、何ならハザードランプ点けて先導してやる」とまで言われて行くことに決めた。

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通ってみれば何でもない、日曜日だということもあってトラックはほとんど通らない、車も少ない、余裕過ぎて不遜にも写真を撮りながら走った。閉鎖された暗いトンネルではなく海側が吹き抜けの半トンネル(洞門)なので明るく恐怖心も薄れた。

余裕過ぎた、と書きましたがやはり日曜日でトラックが少なかったのが大きな要因。そして富山県側からだとほとんど下りになるのでそれも大きい。新潟県側だと緩やかではあるが上りになります。

自転車と歩行者だけひとつの洞門を回避して「天険」へ直通できる。

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自動車のプレッシャーのない素晴らしい道。美しい日本海が眺められます。チャリダーの特権を貰ったようで嬉しい気分になる。

ウェストン像。親不知が「日本アルプスの起点である」として訪れたらしいイギリスの宣教師。

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--- 道路完成を記念し、道路の上にある日本海に面した一枚の大岩盤面に「如砥如矢」(とのごとくやのごとし)と刻まれた。その意は、「(この道路は)砥石のように平らで、矢のように真っ直ぐである。」と賞賛したものである。--- ウィキペディアより引用

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天険には休憩用の東屋があってそこから崖にへばりつくような8号線と荒々しい日本海が一望できる。

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たまたま会った登山家のお兄ちゃんに写真を撮ってもらいました😃

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ここからもまだ親不知道路は続きます。親不知の後は子不知へと続きます。

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距離にして2〜3qくらいでしょうか。あまり長くは感じなかった。狭い洞門も短くとぎれとぎれに連なっているのであまり閉塞感も感じなかった。でもやはり富山県側からの下りだったのも快適に走れた大きな要因です。

これならば148号(糸魚川静岡構造線)の糸魚川からの入口すぐの6qにも渡って連なる洞門の方がはるかに怖かった。

それでも平日のトラックが多いときはヤバいかもしれない。日本一周のチャリダーには避けては通れない道なので、通るには晴れの明るい日の日曜日の午前中をおススメします。



アウトドア&スポーツ ナチュラム


posted by チャリダー詩人 at 10:26| Comment(0) | 2014北陸への旅 旅の記憶 感動編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月24日

旅の記憶 乗鞍岳走破!トラウマ的達成感・・・



---畳平付近の乗鞍エコーラインの標高2,716 m地点(大黒岳と富士見岳との鞍部、長野県と岐阜県との県境)は、日本で自転車で走行できる最も標高の高い県道の地点である。---

とウィキペディアにありますが、まさにここに我が友エンペラー君と荷物を抱えて上ったのであります。しかしこのライドはひとつ間違えば死に繋がりかねない危険なライドでした。故に「トラウマ的達成感」なのです。その顛末は以下に記します。

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安曇野のキャンプ場を出て158号線をゆく、野麦街道、峡谷のダムを右に眺めながら走る爽快道。

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そして乗鞍岳線84号線に入る、ここから徐々に乗鞍岳へと上ってゆく。


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乗鞍高原まで10qとあるが、「休暇村乗鞍高原」はマイカー規制ゲートの入口よりずっと手前です。休暇村乗鞍高原からマイカー規制ゲートまで5.6qあります。つまり乗鞍岳線84号線入口からマイカー規制ゲートまで15.6qある。


休暇村乗鞍高原まで10q


緩やかな坂をのんびりと上っていった。涼しい風に吹かれながら木々の緑の間を走ってゆく。


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長野県側からのルートにはレストランやペンションや休憩所が多くあり賑やか。これが岐阜県側からの「乗鞍岳スカイライン」には何も無い。

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休暇村乗鞍高原に着いた。


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実は本来はこの近くにあるキャンプ場に泊まってから翌日乗鞍岳を越えるつもりだった。しかしスマホの表示違いでキャンプ場はすでに遠く通り越してしまったことを休暇村の受付から聞く。しかしせっかく上ってきた道をまた降りるのは嫌だったので今日中に上りきることを決める。この決断が吉だったか・・・。

また上り始める、ひとまずマイカー規制ゲートを目指して

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やっとたどり着いたマイカー規制ゲート。


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休暇村乗鞍高原からマイカー規制ゲートまで5.6q


ゲートを通ろうとして警備のおじさんに呼び止められる。

「もしかして今から上るの?」 この時15時過ぎ

「はい、そうですが」

「ゲート18時で閉まるよ、あと3時間ちょっとしかないよ」

「でもこれから下りでしょ?」

「何言ってんの!まだこれから上りで14qあるよ、かなりきついよ」

「・・・」

大変な勘違いをしていた。乗鞍岳のルートはここが頂点でこれからは下りだと思っていた。どうしてこんなアホな勘違いをしていたのかは、自分でもよく分からない。人間は苦しくなると物事を楽観的に考えるように出来ているらしい。冷静で賢明な人はしっかりと現実を見据えて現実的な対応策を執るのであろう。しかしわたしのようなアホは、

「ゲートが閉まってもチャリンコ担いで越えれば問題ないでしょ!」

と開いたゲートを通って上り始めた。警備のおじさんは半ば呆れたような顔で通してくれた。

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鼻歌を歌いながら雄大な景色を眺めながら上ってゆく。勾配は徐々にきつくなってゆく。上りで14q・・・、この意味は自分でも良く分かっているはずだった。今まで上った峠の最長は四国カルストの地芳峠で10q、しかしそれは荷物など積んでいない空のロードバイクだ。

この荷物満載のランドナーでこれから14qも上るということはどういうことか、そしてすでにもうここまで緩やかではあるが15qも上ってきている。今日一日で30qもの峠を越えるということだ、荷物を積んで。

14qということは、時速7qで休憩なしで上って2時間。この時15時半近くだったから頂点の畳平までは・・・。冷静に考えれば18時近くになることは明らか。でも何故か深刻には考えない、なんとかなるさの気分でペダルを踏んでゆく。よく山や川で遭難するのはこういう人間だろう。

鼻歌を歌いながら上ってゆく

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思えば上ってきたもんだ、と自分に感心しながら今まで通ってきたルートを見下ろす

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途中にある位ケ原山荘、ここに飛びこみで泊めてもらおうかなとも、一瞬考えた。

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小さな雪渓が現れ始める。ここらへんから鼻歌が歌えなくなる。足がきつくなる。日が傾いて空が暗くなり始める。雲が多くなる。

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山の怖ろしい姿が少しずつ現われる。

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霧が出てくる、風が強くなる、遠くで雷が鳴り始める。時間のことが気になりだした。日没までに頂点に着かなければどうなるだろう。足も相当きつい。もう何度も休憩して止まっている。ほんとに上り切れるのだろうか・・・。心拍数が激しくなる。はるか上の未踏のルートを見上げて嘆息する。

そんな時とうとう雨がパラつき始めた。怖れていた雨、しかしこの状況を予測して予め設えられていたかのように目の前にあった公衆トイレ、こんな山奥の観光バスとタクシーしか通らない道にある綺麗な公衆トイレが異質に思えた。おもわず駆け込んだ。

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日没間近、心身ともにヘトヘト、よしここに泊まろう、と本気で思った。トイレの中は狭いがテントはなんとか張れる、水も出る、食料もある。雨が降ってきた時に偶然にも目の前にあったトイレに運命のようなものを感じた。そして荷物を外しかけて・・・でもちょっと待てよ、と考えた。

ほんとうにこんな所で一晩過ごすのか、何かあっても誰もすぐには来てくれない標高2000mを超える山奥で、まだ雪が残るほど気温が低い所で、登山の装備があるわけでもなく、防寒着といえば薄っぺらいウィンドブレーカーとレインスーツ、夜になれば辺りは果てしのない暗闇。

トイレの外に出た、雨は止んでいた。よし!やっぱり意地でも今日越えよう。とまた走り始めたのでありました。

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そしてたどり着いた頂上




グーグルマップでは下のマイカー規制ゲートから頂上までは12.1qとある。


達成感というよりは安堵感の方がはるかに大きかった。17:30頃。日没寸前とまではいかないが、しかし山を完全に下る頃にはかなり暗くなっていた。

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ゲートがちょうど長野県と岐阜県の県境を封鎖している。

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誰もいない。今日の仕事を終えた重機が寂しく在る。風が強い、霧が濃い、景色は何も見えない。せっかく苦労して上ったのでこの景色をもう少し楽しんで辺りも散策したかったのだが、もう日没が近い、完全に日が落ちる前に山を下ってしまいたい。下りの方が上りよりも怖いのだ。

という訳で荷物を外して、自転車を担いでゲートを越える。越えるといってもゲートの端の少し空いている所から簡単に越えられる。でも自転車しか越えられないでしょう。原付でも無理だと思う。

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さようなら長野県

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強風と霧で寒い、レインスーツを着る。視界が悪い、ゆっくりとゆっくりと下る。日が落ちる前に下り切りたい。

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なぜトラウマ的達成感なのかというと、この体験は乗鞍岳を走破したという点では大きな成果なのですが、色んな幸運と不運が混じりあって、最後は幸運に助けられた危なっかしい成果であったからです。すべてが想定外でした。

例えば上り始めるのがあと一時間遅かったらどうなっていたか?パンクしてチューブ交換に1時間くらい掛かっていたら?日が完全に落ちて真っ暗闇のなかをか細いライトで上って、また下ったのだろうか。そうすればガードレールにぶつかるなどの事故にあっていた可能性は高い。

例えばあのトイレに泊まっていたらどうなっていたか?夏用の装備しかない中で凍え死ぬまではゆかぬだろうが、寒くて夜はずっと震えていただろう。そして熊の危険性もあった。あの時雨が止まなかったら恐らく泊まっていただろう。

成功というのは計画的であるべきだ。少しのトラブルは想定内であるべきだ。だから今回の乗鞍岳走破は成果ではあっても成功とはいえない。パンクひとつがあっても危ない成果であったのだから、そんなイージーなトラブルさえ想定外になっていたのだから。

大きな成功には綿密な下調べと準備が必要である。数年後に再挑戦して今度は美しい景色を存分に味わいたい。



アウトドア&スポーツ ナチュラム


posted by チャリダー詩人 at 11:04| Comment(0) | 2014北陸への旅 旅の記憶 感動編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする