2016年06月25日

奇跡の一枚 いつまでも眺めていたい旅の瞬間


旅中に撮った写真のなかにひときわ目を引く、いつまでも眺めていたくなるような写真がある。

それをわたしは「奇跡の一枚」と呼ぶ。

それはカメラマニアが語る構図とか露出とかホワイトバランスとかそんなものは一切関係なく、もう二度と撮ることはできないすべての偶然が奇跡のように重なった旅の瞬間なのである。

その瞬間には風景だけではなく、風の感触や草木の匂いや日射しの眩しさやシャッターを押したその瞬間に感じたすべてが写りこんでいる。

下の写真は北海道のクッチャロ湖の湖畔で撮った奇跡の一枚。

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強い風にしなる木の幹とざわめく枝葉、傾いてゆれる草の穂、小さな波が立つ湖面、水色の空とちぎれた綿のような雲、遠くに見える対岸。

右奥に置かれたバイクと車と手前の木の陰、その奥に見えるキャンプ場のざわめき。

すべてが絶妙にコントラストされてこの一枚の写真を彩っている。この風景がわたしの旅をロードバイクからランドナーに変えたのだが、その新たな旅立ちの期待と不安を表しているかのような、奇跡の一枚です。


次の写真は徳之島の瀬田海浜公園で撮った奇跡の一枚です、このブログのヘッダーに使われています。

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コンクリートの壁と屋根とで仕切られた枠から眺める海がまるで異世界のよう、内海と外海とを隔てるリーフに白い波が立つ、その向こうに見える水平線は異世界の果てまで続いているかのよう。

雑多に置かれたバッグと、今日の役目を終えて休む自転車、コンクリートの枠の内が現実で、ヤシの木の向こうが異世界ならば、この画は旅に憧れる人の心を象徴的に表してはいないか。

この旅からわたしはキャンプツーリングの魅力に嵌まって抜けられなくなったのである。


最後の一枚は長野、野尻湖の湖畔で撮った奇跡の一枚です。

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戸隠高原から下りてきてすぐにたどり着いた野尻湖、戸隠での素晴らしい思い出を心に残したまま、湖畔の爽やかな風に吹かれながら佇んでいる。

日射しに映える鮮やかな木々の緑のなかに一点紅い葉が見える。そのささやかに色づいた紅い葉がわたしの旅を祝福してくれているかのよう。紺色の湖面とグレーのアスファルト、その真ん中で日射しを受けて光る黄色のバッグ、この瞬間には何の不安も恐れもない、この鮮やかに彩られた一コマの世界に凛として立つ自転車が旅の希望を表しています。


どんなときに「奇跡の一枚」が撮れるか、それは予測できない、なぜなら予測できる旅に奇跡は起きないからです。

なんてね


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posted by チャリダー詩人 at 07:11| Comment(0) | チャリエッセー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月07日

自転車は押すより乗る方が楽 坂道でも押してはいけない


ダートの山道での経験から

「自転車は押すより乗る方が楽」それを痛切に感じたのは奄美大島でのこと。

半島の反対側へ行くのに山を越えなければいけないが、その山道が舗装されていないダートの道だった。

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その道は途中までは乗って走れたのだが、段々と道が悪くなってゆき早々に乗って走ることが不可能になった。

そうなれば押して進むしかないのだが、上り坂に加えて地面が砂利なのでふんばりも利かず、少し進んでは休みの繰り返しで、おまけに夏の酷暑の日だったので汗が止まらなくてもう地獄の行程だった。

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それでもなんとか峠付近まで進んで道が綺麗になってきたときには待ってましたかのように自転車にまたがってペダルを漕いだ、そして乗って進んだそのときの安堵感は一生忘れられない感覚となって、自転車は押す道具ではないことを強く認識することになった。

自転車は押すようには設計されていない

分かり切ったことではあるが、自転車は乗り物であって荷物を載せて押したり引っ張ったりするリヤカー的な道具ではない。

自転車を押すには両手でハンドルを持つか、片手をハンドルでもう一方の手はサドルの後ろを持つか、いずれにしても体は自転車の片側(大抵は左側)にあって、しかし自転車は重心を真ん中に保って進まなければならないので、腰を少し左に突き出した不自然な体勢になり、力のかけ方としては相当非効率的になる。当然腰を痛める原因にもなる。

これがリヤカーなら中心に体を位置した状態で荷車を引くことができるので効率的で体への負担も少ない。

自転車は乗っているときは左右均衡に力をかけてペダルを漕ぐ、だから効率的に体への負担も少なく進むのである。これが下りて押すとなると左右不均衡な力のかけ方になり体への負担も大きくなるのである。だって自転車は押すようには設計されていないから。

自転車を漕いで上れない坂はない

坂道で疲れたなら止まって休めばいい、そして疲れが回復したらまたペダルを漕いで走り出せばいい。それを繰り返してゆくのがキャンプツーリングで坂道を上ってゆくセオリーだ。

傾斜10度を超えるようなキツイ坂道は全国随所にあるが、それでも漕いで上れないことはない。ほんとに少しずつでも進んでいればいつかは越えられるのだ。だから時間を掛けて休みながらでも「漕いで」進んでゆくべきだ、絶対に押すべきではない。

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もし坂道で少しでも漕いで進むことができないというのであれば、それは荷物の積み過ぎか、自転車の装備を間違っている。自転車に積める荷物の量には限界がありその限界を超えれば進めなくなるのは当然、そして自転車の装備については、たとえばクランクをダブルからトリプルに換えるとか、スプロケを大きくするとかしてできるだけ上り坂に強い仕様にするべきだ。

疲れているときは焦って判断を誤る

夏の酷暑の日の坂道の途中、先を見れば峠まではまだまだ距離がある、足がキツイ、もう限界だ、こんな時は焦ってついつい「押しちゃおう」と思ってしまいがちだが、そんなときは休める日陰を探して腰を下ろして10分でも20分でもいいから休めば冷静になれる。

冷静になればもう一度漕ぎだすことができる。傍らにあるのは自転車であって、リヤカーではない。
そんなあたり前のことすら忘れていた自分を取り戻して、走り出そう、ペダルを漕いで。

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posted by チャリダー詩人 at 09:17| Comment(0) | チャリエッセー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする